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2008年12月号vol.377

今月のタイムス
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私の勉学時代

大阪教育大学学長 長尾彰夫先生に聞く

何でもいいから夢中になることが大切
誰にも負けない自分の決め手が見えてくる
 西日本最大の教育系大学として、1949年の創設以来、5万人以上の卒業生を育て、教育界を牽引してきた大阪教育大学は、先生を育てる専門機関といえる大学です。学長である長尾彰夫先生も、この大学の卒業生のひとり。実は、学校屈指の”やんちゃ学生“で、大学教員時代には全国各地で講演や公開授業を行い、
”ひげ先生“として親しまれた名物先生でもあります。
 いたずらばかりして先生に怒られた少年期、生徒会の会長としてケンカの仲裁に奔走した中学時代…。波瀾万丈な経験をしてきた長尾先生ならではのユニークな持論や、人が人を育てる教育への熱い思いをお話しいただきました。

■Profile
長尾彰夫 (ながお・あきお)

1946年大阪府生まれ。文学博士。
69年大阪教育大学教育学部卒業、74年大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。同年、母校である大阪教育大学教育学部の講師として着任。80年同大学教育学部助教授、93年教育学部教授、2000年夜間学部主事を経て、02年副学長に就任。04年同大学の法人化に伴い、理事兼副学長となる。08年同大学の学長に就任し、現在に至る。教育方法学のスペシャリストとして、『学力保障と人権教育の再構築(21世紀型授業づくり)』『特色ある学校づくりのための新しいカリキュラム開発』など著書も多数。


いたずら好きのやんちゃ少年

 子どもの頃の私は、ひとことで言えば、ガキ大将。小学2年生頃まで、毎日のように先生に怒られていました。前の席の子が立てばイスに石を置かずにはいられない、坊主頭の友達がいれば叩かずにはいられない。いつも、次は誰にちょっかいを出してやろうか? と考えているような悪ガキで、クラスの女の子は誰も私の隣りの席に座りたがらなかった(笑)。座ろうものなら、私のいたずらの標的になるからです。
 「先生に叱られるから、やめておこう」とは考えたことがなく、怒られるのは百も承知で、やりたいことはやる。いたずらを仕掛けた相手が驚く顔や、本気で怒りだすといった反応を見るのがおもしろくてね。叱られる恐さよりも、「オモロかったらええやん」という気持ちが勝ってしまうんです。好奇心旺盛で、自分の気持ちにストレートだったのかな。大人になった今も「長尾くんは、歩く 大阪 やな」と言われたりするので、今も子どもの頃と変わっていないのかもしれません。


ガキ大将が学級代表に変身!?

 いちばん影響を受けた人物は、小学3年生のときに出会った担任の先生。当時まだ珍しい大卒の先生で、私たちが初めての教え子だったんです。新米だったから、という理由もあるのかな、今の私から見ても、型破りな授業スタイルでした。
 例えば、毎週月曜の1時間目は学級会だったのですが、席替え、当番、掃除の班分けなど、あらゆることを児童である私たちに決めさせました。児童同士の議論が白熱すると、2時間目も3時間目も学級会を延長します。普通の先生なら「勉強の時間がなくなるから」と適当に切り上げるのに、絶対そうしない。「自分たちで考えてごらん」が口癖で、児童が納得するまで、徹底的に議論させるんです。月曜午前中の授業が学級会でつぶれることもしょっちゅう。今なら問題教師ですよ(笑)。
 とにかく、教師ぶったところが全然なくて、上から目線ではなく、仲間や友達のように接してくれた。先生が宿直のたびに宿直室へ遊びに行き、放課後はよく野球を一緒にしましたね。だんだん、その先生の言うことだけは聞くようになって、気づいたら学級委員になっていた。今、考えると「ガキ大将を上手にコントロールすれば、クラスの雰囲気は自然によくなる」と先生はわかっていたのかもしれません。
 その先生には卒業までの4年間お世話になり、今でも親交があります。私が教育の道へ進む決心をしたときも、いちばん喜んでくれてね。「教師は自分が受け持つクラスの生徒の数だけ影響を与える。その教師を育てる教育の仕事は、育てた教師を通して、もっと大勢の子どもたちに影響を与えることになる」という激励の言葉を今も心に刻んでいます。ひとりの教師が約30年間の現役生活で接する子どもの数は、のべ約1200人(1クラス40名で計算)。この大学で学ぶ生徒一人ひとりの後ろには、それだけ大勢の子どもがいるんだという意識を持って、常に学生たちと接するようにしています。

社会的な問題意識への目覚め
 教育の道に進んだもうひとつのきっかけは、中学時代の経験が大きいですね。私が通った中学校は大阪でも指折りの教育困難校で、生徒同士のケンカが日常的な出来事でした。それも、子どもの殴り合いという可愛らしいものではなく、鉄パイプやチェーンを武器にした本格的なもの。非常に刺激的な環境で、私は生徒会の会長として、ケンカの仲裁に走り回っていました。先生や親が仲裁してもケンカに火を注ぐだけ。大人の仲裁でケンカをやめるのは、根性がない証しになってしまうからです。だから同じ生徒代表として私が出動する。ケンカをとめるには、自分もケンカに加わるしかありません。取っ組み合いの中に飛び込んで一緒にもみくちゃになることで、ケンカはようやく収まるものなんです。
 やがて毎日のようにケンカの仲裁に明け暮れるうち、「長尾が言うなら仕方ない」と受け入れてもらえるようになり、なぜ、そんなに荒れてしまうのか? という本音を知りました。実は中学校があったのは、在日コリアンが多く暮らす町。問題児の多くは、それまで成績優秀だった在日の生徒で、韓国や北朝鮮への引き揚げが決まった直後に荒れてしまうケースも結構ありました。「勉強すれば、金持ちになって何でも手に入れられる」と学校で教えこまれ、貧しさに耐えながらその通りに勉強に打ち込んできたからこそ、行き場のない憤りを感じていたんです。仲間が苦しむ姿を間近に感じながら、「何のために勉強は必要なのか?」という疑問が絶えず私につきまとうようになりました。
 人と人が本音でぶつかり合う熱いムードに敏感に反応するクセも、中学生で身についたことでしょうか。大学進学後、夢中になったのは学生運動(60年代、70年代に社会現象となった、学生が政治や教育の革命を訴えた活動)。大勢の学生仲間と一緒になって、「教育は何のためにするのか?」「大学の使命は何だ?」と熱っぽく語り合ったり、講義中に、先生たちに問い続けたりもしました。授業妨害もいいところです。そんな大学イチの問題学生が、母校で今こうして学長をしているのですから、人生ってケッタイナモンでしょう(笑)。
 でも、かつて大学の存在価値を疑ってたことがある人間だから、見えてくること、できることもあるんですよ。

ぶっちゃけ合うのが長尾流・教育方針

 「何のために勉強が必要か?」という中学時代に湧き上がった疑問に対する答えは、結局いまだに見つかっていません。大学院でカリキュラム研究を専攻し、アメリカにも留学。本気で教育学という学問に取り組み、答えがないことが答え、とわかったんです。それが、人が人を育てるということ。教師や教育とは、こうあるべきと格好をつけず、ぶっちゃけ合う。それが正しい姿だと私は思っています。
 例えば、私の専門分野のひとつでもある人権教育では、「差別はいけません」と頭ごなしに説教しても意味がないんです。10年ほど前に私が行った授業の一例が、テニスが得意な車椅子の障害者と生徒の真剣勝負ゲーム。最初、子どもたちは遠慮がちにボールを打ち返していたのですが、相手があまりに上手なので、だんだんムキになって「車椅子のクセに」などとドキッとする「問題発言」も出たりする。でも、真剣にぶつかり合うことでヘンな心の垣根がなくなり、「次の試合、いつする?」と授業が終わる頃には、すっかり打ち解けてしまいます。そこが大切なんですよ。
 ほかにも、私がよく授業で行うのは、「違いの違い」をテーマにしたディスカッション。世の中のさまざまな「違い」について、あってもいい「違い」か、いけない「違い」か、自由に意見を言いあうのです。タバコを20歳以上は吸ってもいいけれど、子どもは吸ってはいけない。この「違い」は考えやすいですよね。でも、山田くんはバレンタインのチョコレートを3個もらったけど、太郎くんは0個。この「違い」は、どうでしょう? 男子は20キロマラソン・女子は10キロマラソンという「違い」はどうですか? 「あなたはライオンみたいだね」と言われたとき、嬉しいと思う子もいれば、嫌だと思う子もいる。その「違い」は、なぜ生まれるのでしょう?
 時には、予想もしなかった意見が生徒から飛び出し、返す言葉が思いつかず大きなショックを受けたこともあります。でも、それが教育のダイナミズムといえるのでしょうね。

誰にも負けない自分の決め手を持て

「これだけは誰にも負けない」という自分の決め手を持っているほど、人は強くなれます。勉強でもスポーツでも、ある教科のピンポイントでも構いません。「一点突破・全面展開」ですね。小・中学時代で、そういう得意分野を見つけてほしいですね。
 何かひとつのことにのめりこむ、という経験を持つことも大事です。私が最初にのめりこんだのは野球で、小学生のとき、高校野球の開会式から表彰式まで、毎日朝から晩まで甲子園に通ったほど。教職に就いていなければ、タイガースのベンチぐらいにはいたかもしれません。いろんなことに興味を持ってのめりこむうち、共通するテーマのようなものが自然に絞りこめるようになるでしょう。すると、将来、進むべき道も見えてくると思いますよ。




コラム
個性と教養を重視した教員育成プログラム
 幼稚園、小学校、中学校の学校別に教員養成課程を設置。約160名もの専任講師による現場主義の指導を行うなど、専門性の高い教員養成が大阪教育大学の特長です。近畿で唯一、保健の先生を育成する養護教育養成課程を置いていることでも知られています。また、「大阪学芸大学」という創立当時の名称に込められた教育理念を受け継ぎ、教員養成過程だけでなく、芸術、自然研究、スポーツ・健康科学といった教養学科を設けて、これからの時代に求められている幅広い知識と視野、個性を持った人材の育成を目指しています。


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